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月並空間

月並空間コラムCOLUMN

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2019年10月5日

包帯を巻いた菩薩

包帯を巻いた菩薩

二度と会うことはないだろうけど、ずっと鮮烈な印象を放射し続ける人がいます。そのうちの一人のことを書きます。

それはまだ、東京に住んでいたときのこと。私は地下鉄で職場から家に帰る途中でした。電車が終点に着いて、乗客が降り始めたのですが、終電近くだったため、酔っ払って席で寝ている人がちらほら。私は「起こそうかな、でも人の流れが滞るし…」と迷っていました。

すると5メートルほど先に、白く光っているように見える女性が進み出て、乗客の間を縫いながら、泥酔している人たちを一人ひとり起こしていったのです。躊躇せず、包帯を巻いたほうの手で、寝ている人の肩をゆすって。そして人混みに紛れて消えていきました。

なぜ私が未だにそのことを覚えているかというと、それが善意の行為だったからではなくて、彼女に躊躇が全くなかったからです。それはヒューマニティとは違う種類のもののように思われました。

包帯を巻いた手で躊躇なくなされる善行。

もし私が仏師だったら、手に包帯を巻いた菩薩像を作り続けたかもしれませんし、画家だったら、手に包帯を巻いた聖母子像を描き続けたような気がします。

2019.08.12

羽化した蘭

羽化した蘭

小2の夏休み、祖父母の家の裏山で、息をのむほどの美しいものに出会いました。祠の一角にグリーンに透き通って輝いているところがあり、近づいていくと翡翠でできた蘭の花のようなものが。さらに近寄ってみると、それは羽化したばかりのセミでした。

無防備でおそろしくはかないものが放つ、圧倒的な存在感。そのときの衝撃は私に刻印され、今でも上書きされないまま残っています。

この世界では、人間以外からしか学べないことのほうが多いのかもしれません。

なかでも、虫から大切なことを教えてもらう人は意外と多いように思います。虫が人間から教えてもらうことはあまりなさそうですが、人間が彼らを俳句に詠んだり、絵に描いたりしていることは知っているのかもしれません。

ちなみに、羽化したセミの前から動けなくなっていた小2の私は、朝ごはんのために私を探す祖母の声で我に返りました。神隠しって、ああいうときに起こるんじゃないかという気がします。

あのとき自分が見たものについては、なぜか口外してはいけないような気がして、誰にも言いませんでした。でも書いておきたい気がして、こうやって書いています。

2019.06.16

いのちの相:ビオスとゾーエー

いのちの相:ビオスとゾーエー

訳あって世話をしていた、畑の近くの家の猫が軽トラの下で冷たくなっていて、亡骸を火葬場に運んだのですが、別れ際に私の口から出てきた言葉は「元気でね、またね」というもの。死んでしまっているのに、なにが「元気でね」なのかとか、「またね」なんて、いったいどこで再会するつもりなのかとか、我ながらおかしく思いましたが、それが私の自然な気持ちでした。

終わらないものがある、ってことなのかと思います。

翌日、深い草むらで草刈りをしていて、たぬきの亡骸を二体見つけました。ひとつは骨になりかけているもの、もうひとつはもう少し新しいもの。穴を掘るのも難しい場所だったので、刈った草を掛けました。他の人が踏まないように、訳ありな感じで薄めに。

立て続けに三つの亡骸に会った私は、不思議と安らいだような気持ちになりました。そこにあったのは、寒いとか、ひもじいとか、痛いとかいうことから解放された姿だったので。

終わらないものもあるけど、終わるものもある、ってことなのかと思います。

古代ギリシア人はいのちを表す言葉を複数持っていて、個々の有限ないのちはビオス、個を超えて連続する無限の命はゾーエー、というように使い分けていました。数珠に例えるなら、ビオスは珠、ゾーエーはそれを貫いてつなげている糸。

終わるものと終わらないもの。終わるものは、終わらないものが生み出した発明なのか。終わらないものは、終わるものが見る夢なのか。そんなことを考えているのは終わる私なのか、終わらない私なのか。

調べてみると、さすがギリシア人、「終わる私」とか「終わらない私」とか思考する人格的ないのちには「プシュケー」という言葉を与えていました。紀元前に人間はかなりの高みに達していたんだなと思います。

2019.04.26

ルールを破るという成熟

ルールを破るという成熟

先日、月並空間で行われたアーユルヴェーダ(生命の科学の意、インドの伝統医学)の勉強会は、こちらの先入観を打破するようなものでした。よく本で見るような、スパイスやカレーなどの話が中心かと思っていたのですが、アーユルヴェーダの考えでは、日本人は江戸時代のような食事をするほうが良いとのことで、スパイスの話はほとんど出ませんでした。

さらに驚いたのは、日本人はカレーを食べないほうがいいというクリシュナ先生の言葉。ちなみに先生は、来日30年以上になるアーユルヴェーダの第一人者です。

おずおずと「カレーが大好きなのですが…」とたずねた私への先生の回答は、「週に一回ぐらいはいいでしょう。時々ルールを破ることも大切なことです」というもの。「ダメです」と言われるかと思っていたので、驚きました。

原理主義的に「あれはダメ、これもダメ」というのではなく、ルールに固執することの危険性も熟知していて、その対応も織り込み済みというところに、インドの叡智を見ました。さらに「人生はルールを破ってこそ楽しい」とも。

もちろん、ルールを確立するというプロセスが必要なわけですが、そこに留まらないところに、豊かさと成熟を感じました。

2019.03.01

軽やかに継ぐということ

軽やかに継ぐということ

「継ぐ」ということを、随分おろそかにしてきたような気がします。それに気づかせてくれたのは、毎月開催している「テーブルで薄茶を楽しむ会」。近所に住むお茶の先生が、大切なものを堅苦しくない形で次世代に伝えていきたい、という思いで始められた集まりです。

和菓子の名前、茶碗に描かれた草花、漆塗りの蔵、それに蒲鉾の箱のふたを使って職人さんが作ってくれた菓子皿。そんな話を先生から聞きながら、暮らしの中で息づくあたたかな美意識をすっかり継ぎ損なってきたことを痛感しました。

能登は鄙びた田舎というイメージがあるかもしれませんが、海運が流通の中心だったころは交易で潤っており、多くの資本が文化に投入されていた土地です。また、北陸は「文化の冷蔵庫」と呼ぶ人もいるように、何代にもわたって継がれてきた良きものが残っている場所でもあります。

それなのに、私の世代の多くは継ぐことをせず、次世代に受け渡す役割も果たさないままにしてきました。どこかで継承についての抑圧を感じ取り、そこから自由になりたいと思っていたからかもしれません。

しかし、継ぐということは本来、そんなに重苦しいものなのでしょうか。ふと思い浮かんだのは、先生が大切なことを伝えようとするときの軽やかさ。受け取りたければ受け取ればいいのよ、というような。

軽やかな継承、というものもあるのかな、と思います。暮らしの中にある豊かさは、そうやって軽やかに受け継がれてきたものたちなのかもしれません。月並空間でも、多世代の集まりを増やし、抑圧のない継承の機会を作っていきたいと考えるようになりました。まだ間に合うと思うので。

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