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月並空間

月並空間コラムCOLUMN

2019年10月5日

包帯を巻いた菩薩

包帯を巻いた菩薩

二度と会うことはないだろうけど、ずっと鮮烈な印象を放射し続ける人がいます。そのうちの一人のことを書きます。

それはまだ、東京に住んでいたときのこと。私は地下鉄で職場から家に帰る途中でした。電車が終点に着いて、乗客が降り始めたのですが、終電近くだったため、酔っ払って席で寝ている人がちらほら。私は「起こそうかな、でも人の流れが滞るし…」と迷っていました。

すると5メートルほど先に、白く光っているように見える女性が進み出て、乗客の間を縫いながら、泥酔している人たちを一人ひとり起こしていったのです。躊躇せず、包帯を巻いたほうの手で、寝ている人の肩をゆすって。そして人混みに紛れて消えていきました。

なぜ私が未だにそのことを覚えているかというと、それが善意の行為だったからではなくて、彼女に躊躇が全くなかったからです。それはヒューマニティとは違う種類のもののように思われました。

包帯を巻いた手で躊躇なくなされる善行。

もし私が仏師だったら、手に包帯を巻いた菩薩像を作り続けたかもしれませんし、画家だったら、手に包帯を巻いた聖母子像を描き続けたような気がします。

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